皆様、こんにちは。
ただゆりと申します。
本名は、井野ゆりえなのですが
「ただものじゃないゆりえさん」
と人に呼んでいただいたことがきっかけで
”ただゆり”という名前を
講師活動やペンネームに使っています。
普段のお仕事としては、主に
広報やブランディングの支援として
経営者様のストーリーの執筆や
文章表現のサポート、各種コンテンツ制作
を行っています。
色々なことをやっているようですが
舳はたった一つ
「人の想いをコトバに変え
ストーリーで共感を作り出す」
ことに、ひたすら特化してやってきました。
このお仕事を始めて、はや6年がたちます。
もともと、広告代理店やブランディングの
仕事を経験してた…なんてことは一切なく
人脈もお金も経験も、何もかもがゼロ
というところから、36歳の時に起業し
たくさんの方に助けられて、今に至っています。
「一体何がどう、ただものじゃないの?」
「ベースもないところから、どうして起業したの?」
といったツッコミが聞こえてきそうですが
ここで少し、私の
これまでの歩みを語らせていただければと思います。

私はもともと、広島県広島市の港町に
4人姉弟の長女として生まれました。
小学生の頃
ちょうど思春期に差し掛かった頃合いに
父がリストラにあい、借金も発覚。
家の家計は、崖っぷち状態に突入しました。
家庭内はどんどん荒れていき
言い争いが絶えない日々が続きました。
家に帰れば、父の怒鳴り声が聞こえ
耳を塞いで、布団にこもって、泣きながら眠る。
そんな毎日を過ごしていた私にとって
学校の勉強や読書は、心の支えでした。
漫画を読んで、小説を読んで
国語の本を読んで、コラムを読んで
「物語」の世界を脳内で旅しながら
いつか家を出て、遠くに行きたいと願っていました。
遠く、遠く、どうか怒鳴り声が届かないところへ
できれば、安心して眠れる場所へ
そして、がんばったら褒めてもらえて
生きていいと認められる世界に行きたい。
それが叶わないなら、誰の記憶にすら
残らないかたちで世界から消えてなくなりたい。
それが当時の私の願いでした。
今振り返ってみると、当時、一番苦しかったのは
「無条件に愛してほしい」という幼かった心の叫びを
そもそも求めていいものだと思えなかったこと
だったように思います。
「子どもがいなければ離婚できた」
「生きているのが苦しい」
という母の嘆きを何度も聞きました。
「俺が死ねば解決するんだろう」
「俺を怒らせる方が悪い」
という父の叫びを受け取る度に
必死に反論しました。
そうしているうちに
自分が生まれてきた自体、間違いに思えて
家が嫌いで、いつも息苦しくて
でもやっぱり家族を嫌いになりきれなくて
自分の心の痛みさえ殺してしまえば
もしかしたら、皆笑えるんだろうか
少しでも家が上手くいくんだろうか
そう思って、私の心の声に
私自身が耳を貸さなくなりました。
むしろ罪悪だと思い
当時は全力でフタをし続けたのです。
それが大人になった今も、自分の中では
大きな痛みとして残っている。
それは、確かなことでしょう。
ただ、自分と向き合っていく中で
もうとっくに「愛されている自分」にも気づいて
過去のうつむいていた自分ごと
今の私をまるごと受け入れるために
今に至るまで、ひたすら
あがいてきたように思います。
そんな経緯があったからこそ、私は
何もかもがゼロのところから立ち上がり
何度も折れそうになって、それでも今
こうして想いをコトバにして
人に伝えていく仕事を選び、続けられている
んじゃないかと思っています。

さて、昔語りに戻りましょう。
家計状況が一向に好転しない中
私と一回り違う末の弟が生まれ
さらに経済状況が苦しくなっていく中で
義務教育が終了し、高校進学を迎えました。
幸いなことに、勉強は好きで
成績も上位の方だったので、県内の公立高校で
国際関係のコースがある学校に進学できました。
留学をするだけの余裕は到底なかったものの
遠い世界への憧れがどうしても捨てられず
高校からアルバイトをしつつ、奨学金を借りて
高校の学費や修学旅行代金を工面しながら
英語のスピーチコンテストに出たり
2週間の語学研修に行ったりと
自分にまかなえる範囲内で、自由に
過ごさせてもらっていたと思います。
大学はどうしても、家を離れて
やっぱりもっと広い世界を見に行きたくて
もう少し自由になりたくて
新聞奨学生になることで、入学金や学費を
どうにかして国際基督教大学(ICU)に進学しました。
他の大学にも合格していたのですが
「一生涯学び続ける素地を作る」という
リベラルアーツの考え方がどうしても魅力的に見え
ICUで学ぶことを諦めきれなかったのです。
そうして進学してからは
新聞屋さんに住み込みで朝・夕刊の配達や集金をこなし
新聞サークルに入って、取材や執筆活動をし
もちろん授業にも出て
気づくと睡眠が毎日平均3時間という日々。
奨学金は学費にあてて、新聞奨学生として得た給与で
生活費をまかない、一部は家に仕送りをして
今思うと、心にも体にも
かなり無理をしていたのだと思います。
大学3年の時に、大学のカリキュラム上
新聞奨学生の業務が続けられなくなったため
大学からの奨学金で学費を自分で工面すると決め
新聞配達所を離れて、一人暮らしを始めました。
新居に移って、数日たって
気づくと体がほとんど動かなくなりました。
布団の中で泣いて、何も考えられなくて
夜になってやっと布団から起き出し
コンビニで食べ物を買いに行く始末。
もちろん、大学にも行けなくなりました。
心配して家に来てくれた友人に勧められ
学内のカウンセリングセンターを受診したところ
そのまま病院を紹介され、結果
うつ病という診断を受けました。
昨日まで出来ていたことが
何もできなくなって
自分がゴミのように思えて
なんで生きてるんだろう
と毎日ぼんやりと考えていたのを
今でもよく覚えています。
授業にも行けなくなってしまったので
大学の制度を活用して、
履修予定だった授業を全て白紙にし
3ヶ月の休学を選びました。
幸い、最終的には留年することなく
卒業要件を満たして4年で卒業できました。
卒業後は、外資系製薬会社で約2年ほど
勤務させてもらったのですが
あるとき、高層ビル群の中で
「ああ、だめだ」と思いました。
どうにも人生を終わらせたくなって
涙が止まらなくて、吐きそうで
青空の下で、そのままうずくまり
病院に電話をしました。
結果は、うつ病の再発でした。
そこからは会社勤めを続けられなくなり
退職して、別の会社に再就職して・・・
転職を繰り返すほどに、行き場を失い
状況はどんどん悪化していきました。
最終的には、障がい者手帳を取得し
精神科の薬も10種類まで増え
先行きが全く見通せないまま
10年もの歳月が経っていました。

まともなキャリアを積み上げられず
今日をなんとか生きているだけ。
32歳のときに、熱中症で倒れていたときに
部屋の天井をながめながら考えていました。
「なんで、自分は生きてるんだろう?」
自分の命の使い方を真剣に考えました。
生きているだけでも迷惑で、何かを消費するだけで
何も残せないならいっそ
もう死んでしまいたかった。
生きるか、死ぬか。
考えて、考えて
もう一回だけ、挑んでみようと思いました。
「いつかきっと大物になると思う」
「君がどんな未来を成すのかが楽しみだ」
と、私の未来を期待してくれた人たちがいて
助けてくれた人たちがいて、彼らに何かを返したかった。
辛いこともたくさんあったけれど
まともなキャリアはなかったけれど
10年間あがいてきた中で経験したものは
きっとそれだけではないと信じたかった。
だから、もう一回
小さな爪痕一つで良いから
生きてきた証を、生きてきた意味を
この命で何かを、世の中に残したい。
そうして、自分の出来ることに
立ち戻った時に、得意と言えるのは
「学ぶこと」だけでした。
昔から勉強は好きだった。
いつも学ぶことは楽しかった。
それならと思い
10年間の自分の経験を活かせそうな
学問領域を選んで、大学院の受験に挑みました。
そうして
県立広島大学大学院・社会福祉学専攻に進学。
32歳での大きな決断でした。

大学院に入り、教授に多々お世話になりながら
精神障がいの方々にインタビュー調査を行い
論文を書き、学会発表も経験させてもらいました。
並行して、専門学校に通いながら
社会福祉士を取得しました。
調査を通じて、様々な方の「生き方」に触れ
彼らの歩みを論文にしていく中で
一つ、気付きがありました。
誰もが素晴らしいストーリーを持っていて
けれど、自分ではそのすごさに気付けない。
誰かと比べて、傷ついて
「どうせこんなものだから」と
人生の可能性を心のどこかで諦めてしまう。
私は、それが嫌だなと思いました。
「人が生きてきた歩みは、歴史は
それだけできっともっと素晴らしい」
「でも、その輝きを自分だと気付けない」
「周りがみんな”すごそう”に見えるから
比べて、苦しくなってしまう」
彼らの物語を価値あるものとして返したい。
そのために、何か出来ないか、考えました。
しかしながら、学術論文の場合
調査で伺った内容は、全て個人がわからないように
加工し、データ化してしまいます。
”その人自身の物語”としては
何もお返しできないのです。
「人生の価値に、自ら気づけるような
そんな”自分史”みたいなものができないのか?」
私の中でひらめきが生まれた瞬間でした。
そんな折、当時、広島で出会った
ある経営者の方からこんな言葉をもらいました。
「これだけ文章書けるのは、才能だろうね」
「この能力を武器に起業してみたら?」
それまでの私には「起業」なんて
発想は全くありませんでした。
でも、20代のキャリアが皆無な以上、
思い切ったことをしなければ
未来なんて作れない。
そう思い、大学院を卒業した後、独学で
インタビューライターの道を歩みはじめました。

起業してからも、色んなことがありました。
ビジネススキルはほぼゼロで、誇れる経歴もなく
人付き合いも不得手で、営業の仕方もわからない。
起業塾で学び、がむしゃらに心身を削っても
月1万円すら稼げないような時期が続きました。
見通しのつかない消耗戦。
それでも、私の中にある「何か」を信じて
あるいは文章を気に入ってくださって
助言をくださったり
応援してくださったりした人たちのおかげで
ご縁に助けられ、少しずつでも
仕事の幅を広げてこれました。
挑戦する人たちを、コトバで応援する。
そんな仕事に、自信と誇りを
持てるようになりました。
とはいえ、ご縁も様々で
信じていた人の裏切りにもあいました。
積み上げてきたものを失い、ぼろぼろになって
自暴自棄に陥りかけたこともありました。
それでも、私の歩みをいつも見守り
信じ、支えてくれた人たちがいたからこそ
ようやくここまでこれた。
そのことには感謝しかありません。
2024年9月には、合同会社そうを設立。

人の「想」いを「『そう』なんですね」と
ジャッジせず受けとめ、伝わるコトバを「創」り
「So you are(あなたらしさ)」を輝かせたい
そんな想いを社名に込めました。
人生もこれから残り後半戦。
この命をどう使っていこうか?
ネクストガールズコレクションという場をいただき
自分のこれまでの人生とも向き合いながら
必死に考えてきました。
私は、当たり前に、毎日を生きて
よりよい明日のために、必死でもがいている
すべての人達に
「誰もが、誰かのヒーローになれる」
のだと伝えたい。
どんなに泥まみれの人生であっても
今がどれだけ真っ暗闇だとしても
必ず輝く何かがあって
必ず夜明けは訪れるから
「生きていてよかった」
と思える日がくるから。
だからこそ
いつかの自分のために
そして、物語を待つ"誰か"のために
あなたの歩みを価値あるコトバに変えて
あなただけの物語を未来へと紡いでいく
そのお手伝いをしていきたいのです。
最初は、ちっぽけな想いだけでした。
でも今、少しずつ、少しずつですが
未来へと繋がる「自分史」事業の構想が
ようやく出来上がってきました。

2025年2月6日にこの構想を発表した
ピッチイベント「情熱ピッチ」では
審査員特別賞をいただくこともできました。
これも本当に、私と関わってくれた
すべての人のおかげです。
私だけではきっと、構想すら
まとめることができなかったでしょう。
心から感謝を込めて
3月23日(日)
「Next Girls collection 5th」の
渋谷ヒカリエのランウェイでは
私自身のこれまでを振り返りながら
「これからどんな世界をつくりたいのか」
未来志向で自分の世界観の表現に挑みます。
こうしてスポットライトが当たる
自己表現の場に立つこと自体が、私にとって
本当に大きな挑戦です。
どうか見守ってやっていただけたらと思います。
本クラファンの収益は、
ネクストガールズコレクションの運営費用に
充てられるのですが、私としては
自分が成したい世界観を発信し
仲間を募っていく
この場が自分にとって大きな転機であると信じ
このクラファンに挑んでいます。
だからこそ当日、場を盛り上げていくためにも
応援いただけたらありがたいなと思っています。
また、リターンについては
私の想いや世界観をより知っていただく機会に
なるようなものを用意しました。
私の想いやストーリーに少しでも
共感いただけるようなら
ぜひ本クラファンや、3月23日のランウェイを
応援いただけたら、とてもうれしいです。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました!
3月23日の会場で、それが難しい場合は
リターンのお茶会など別の機会で、ぜひ
あなたとお会いできることを楽しみにしています。

■NextGirls Collection実行運営会より
もはや、これはファッションショーではない。
本当の自分と出逢い、本心で叶えたい夢をカタチにするための、
個々の苦悩と成長のストーリーを描いた、新感覚のイマーシブ×ドキュメンタリーである。
新感覚!イマーシブ×ドキュメンタリーとは?
1.ドキュメンタリー番組の中に入り込む!?感情移入必至の赤裸々に語られる十人十色のストーリー
2.「あなたの応援が出演者の未来を左右する!?」全員参加型ドキュメンタリー
3.グランプリは主演ドキュメンタリー映画制作!主人公はあなたが決める!?
4.事業経営者であれば、出演者へオファー(キャスティング、協業、出資など)ができる「企業マッチング」
<詳細は以下URLより>
https://www.next-girls.com/
そしてまた、そんな彼女たちの人生に影響を与えるのも、応援していただく皆さまの力です。
イベント本番当日だけでなく、準備段階やその過程もショーの一部です。
彼女たちの活動に興味共感いただけましたら、是非力になってあげてください。
本クラウドファンディングだけでなく、
来場者&視聴者による投票をはじめ、SNSによるPRなど様々な活動にどれだけ皆さまの支持を得られたかが、
本イベントの各賞の受賞に関わります。
投票などの応援者の行動も彼女たちの人生を変える!「全員参加型」の物語にあなたも参加しませんか?
<資金の使い道>
集まった資金は以下に使わせていただきます。
◆出演者の活動支援費
◆NGC制作費・人件費
◆ 出演者への副賞
◆ オンライン開催に伴う配信環境設備費
◆ リターン デザイン代、制作費、送料
◆ クラウドファンディングプラットフォーム手数料
